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牧野知弘の「どうなる!? おらが日本」#9 令和最大のマンションイベント「HARUMI FLAG」は買いか?

牧野 知弘牧野 知弘

2019/04/19

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東京五輪に向けて開発中の晴海 PHOTO/123RF

令和元年注目の物件

5月からは新しい元号が始まる。この令和元年のマンションマーケットを占うのが、東京五輪の選手村約13万㎡の跡地開発で建設、分譲が予定されるマンション群、通称「HARUMI FLAG」だ。

この開発は2020年の五輪終了後、選手村として活用されていた建物を改装、さらに新たにタワーマンションを含む新築マンションを加えた総戸数5632戸、計画人口1万2000人の一大住宅街を開発しようというものだ。

このうち賃貸住宅1487戸を除く4145戸が分譲を予定している。首都圏で年間供給される分譲マンション戸数は3万8000戸程度。年間供給戸数の1割強に及ぶ巨大プロジェクトである。開発分譲にあたるのは三井不動産レジデンシャルを幹事として三菱地所レジデンスや住友不動産、野村不動産など大手不動産を中心とした11社に及ぶ。

発表された計画内容によれば、分譲が行われるのは4街区に5棟、5、6街区にそれぞれ7棟、計19棟、そのうちの2棟が地上50階建てとなるタワーマンションだ。14階建てから18階建てで構成される低層棟が2690戸、タワーマンションが1455戸という内訳になる。住戸タイプは床面積85㎡程度の3LDKのファミリータイプが中心となる。

この分譲が早くも令和元年5月から開始されるという。最初に開発されるのが選手村宿舎を改装して「新築」として売り出すもので入居予定は2023年3月を予定している。タワーマンションは2024年以降の引き渡しとなり、プロジェクト全体が完了するのは24年度中になる。最初に引き渡しする低層棟でも4年も先の話。ずいぶん気の長いことだが、分譲を担当するデベロッパーサイドからみれば、この史上最大のプロジェクトをさばくには、その膨大な戸数を考えると、かなりの長期戦での販売を覚悟せざるを得ないというのが本音のようだ。

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実需それとも投資

さて、このプロジェクト、今後のマンションマーケットを占う試金石ともいえるが、実際「買い」といえるのかを検証してみよう。

立地は中央区晴海5丁目。マンション立地としては残念ながらハイクラスの立地とは言い難い。マンション購入者がまず気にするのが交通利便性である。本件は、最寄り駅が都営大江戸線「勝どき」駅となるが、駅まではマンション各棟の入り口からでも徒歩で20分以上かかる。マンション内での移動に加え、都営大江戸線は地下深くに作られているため、駅のホームにたどり着くまでの時間を考えると30分かかるとみてよい。現実問題としてこの駅まで毎朝毎夕歩く人はいないだろう。都心につながる唯一の交通手段はバスだ。東京都ではBRT(バス高速輸送システム)を用意する。このバスを使えば環状2号線を使って港区の新橋駅まで10分程度でつながるという触れ込みだ。ただし、当初期待されたバス専用のレーンが設けられることはなさそうだ。環状2号線は片側2車線道路。豊洲市場関係車両も集中する道路で、そのうちの一本をバス専用とするわけにはいかないのだ。
 
計画ではラッシュ時でも1時間6本。連接バスを使うとのことだが収容人員は130名程度。通勤電車の車両1台分にも満たない輸送力だ。ましてや深夜や早朝などラッシュ時以外の利便性を考えると交通利便性はあまり評価できない。

湾岸エリアであるので眺望は良さそうだ。棟によってはレインボーブリッジが正面に見えそうだ。だが、埋立地で海に近いということは、塩害の影響と、大地震に際しての土地の液状化や津波も心配だ。大地震で交通網が寸断されればここは陸の孤島と化す心配もある。

開発街区内には小中学校が開設される予定だが、都内の私立の学校に通うにはいずれもバスで新橋経由となる。通学の便を考えても学校の選択は限られてきそうだ。

買い物はスーパーがオープンする予定だが、日常品に限られる。飲食施設などはいったいどこにできるのだろうか。あまり期待はできそうにない。

開発街区内には清掃工場が既に存在する。最近の清掃工場は煤煙も少ないのだろうが、ゴミトラックの出入りは交通安全上も衛生上も気になる点だ。水素ステーションがあるというが、車はどうやら電気自動車が主流になりそうな中、正直どうでもよい施設にも見える。

あとはデベロッパー各社が企画する共用施設の充実に期待するしかない。まだ具体的な内容はほとんど明らかにされていないが、おそらくてんこ盛りの宣伝文句が並ぶことだろう。少なくとも街区内で生活するかぎり不便さを感じない設えやサービスとなるのではないか。晴海にどうしても「住みたい」と考える人や新橋やその近辺に通勤する人にとっては、おそらく設備仕様という点では十分なマンションが建設されるはずだ。

では投資としてはどうだろうか。販売価格は坪あたり270万円から300万円程度になるとのことだ。現状の周辺マーケットは300万円台半ばから後半が相場と言われているから、相場の2割程度安く分譲されることになる。

ということはすごい「お買い得」物件になり、人気沸騰ということになるだろうか。昭和や平成バブルの頃であれば、不動産は常に右肩上がり。早く買った人が儲かる時代だったからこれは間違いなく「買い」だ。だが、今は晴海という街の成長可能性を見極めて買うことだ。東京といっても、エリアや街によって今後は不動産価格が異なり格差がついていく時代だからだ。

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なぜ街間格差ができるのか


東京五輪選手村跡地に開発される「HARUMI FLAG」

なぜ街間格差が出始めるのか理由を述べよう。このマンションが引き渡しされる2023年から25年にかけて東京の不動産マーケットは大きな変革が起こりそうなのである。ひとつが、「多死・大量相続」時代の到来だ。1947年から49年に生まれた世代を団塊世代という。この世代は人口が非常に多く、これまで日本の産業の担い手として貢献してきた。この世代のすべてが2025年までに75歳以上の後期高齢者になる。実は東京都は75歳以上の後期高齢者の人口のほうが、65歳から74歳までの前期高齢者の人口を上回っている。つまり団塊世代以上の世代が東京には大勢住んでいるのだ。団塊世代が後期高齢者の仲間入りをする頃、この前の世代を中心に東京は大量の相続が発生することが容易に予想される。この世代はたとえば都内の大田区や世田谷区、杉並区などに住宅を所有している。

そして相続した不動産のかなり多くが子供や孫が受け継いで住むことなく、賃貸に供されたり売却されることになるだろう。少子高齢化の影響だ。さらに2025年にかけてこれに団塊世代の相続が追随することになる。東京はまさに相続天国になるのだ。晴海から見晴るかす東京都心の眺めは絶景だろうが、実は都心周辺の交通利便性の良い、ブランド立地などと呼ばれる高台の住宅地で今後、大量の相続物件がマーケットに供給されることが容易に予測されるのだ。そのときこの都心の離れ小島の晴海がこうした相続物件との競合に打ち勝っていけるのだろうか。

さらに2022年には生産緑地制度の期限切れ問題が勃発する。都市農地を守るため固定資産税などの優遇を行ってきた制度で現在都内には3300haもの都市農地が存在する。この特典を得るには30年間農業を続けなければならなかったが、この制度改正が行われた1992年から30年の期限を迎える22年は大量の都市農地が宅地化を選択することが懸念されているのだ。国は期限延長などの緩和策をとっているが、農業従事者も高齢化しており一部は宅地化される可能性が高いのではないかと取り沙汰されている。

晴海がおいてけぼりになる可能性も

こうした土地の供給圧力が強まる時代に引き渡しを受ける晴海のマンションがその時果たして「本当にお買い得」なのかどうかは正直怪しいと考えざるを得ない。エリアにおける現在の坪300万円代半ばから後半という相場観もすでに価格的にはピークアウトしているという説が強いのだ。現時点の相場での単純な比較は危険かもしれない。

引き渡しが4年以上先の物件をローンで買うことには大きなリスクを伴う。住宅ローンを組む際は物件引き渡し時の金利が適用されるのが一般的だ。さてこの低金利時代が4年後も続いているかの確信はない。たとえば35年返済5000万円のローンを組んだ場合、金利が1.5%であれば毎月の返済額は15万3092円だが、3%に上がっていれば19万2425円に跳ね上がる。35年間の総返済額では1600万円以上の差になってしまう。買った時の価格差なんて吹き飛んでしまうのが金利の恐さだ。

金利が上がるということは不動産価格も上がるから大丈夫と考えたいところだが、上記の理由を考えるとあまり楽観はできない。東京の不動産マーケットで晴海がおいてけぼりになる可能性を否定できないのだ。

タワマンも分譲されるので国内外の投資マネーにも期待したいところだ。だが、引き渡しまで4年もかかる物件を買う投資家はほとんどいないのではないか。中古のマンションであれば、これを賃貸に回せるので3年から5年程度のタームで投資して、値上りを見込んで出口で売るというシナリオを描きやすいが、建設中の物件ではそうはいかない。東南アジアならば、開発中に買った権利を建物竣工前に売却できるので、マネーゲームを行いやすいが日本では無理な相談だ。住戸の大きさもファミリー用が中心で比較的広い面積のものになる。これは60㎡台が中心の賃貸マーケットでも「貸しづらい」物件になってしまうことも懸念されるところだ。

実需としてみても、4年後の家族像を正確に予測できる人は少数だろう。子供の成績や学校、夫婦の勤務地、収入、健康。今の世の中は不確定要素が多すぎる。こうした変動要素に目をつむって建物竣工時の「値上がり」に期待するのは、投資スタンスとしてはあまりに天に運を任せているとしか思えない。

このように考えてくると、「あえて」今、飛びついて買うような物件には思えない。昭和、平成時代のマンション買いの発想とはそろそろ決別したほうがよい。「お好きだったらどうぞ」というのがこの物件の唯一のセールストークということになりそうだ。

 

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この記事を書いた人

株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役

1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。

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